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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)986号 判決

日本相互銀行

事実

原告武田かつは請求の原因として、被告株式会社日本相互銀行は、訴外林森之助、徳住光訓及び原告に対し、昭和二十八年七月二十七日、右三名を連帯債務者として金三十五万円を貸与し、右貸借につき同年九月十六日公証人作成の金銭消費貸借公証証書を作成し、且つその担保として原告所有の本件家屋に対し、債権極度額四十万円の根抵当権を設定したものであると称し、これが実行として本件家屋につき東京地方裁判所に競売の申立をなしたが、目下不動産競売事件として右手続進行中である。しかしながら、本件公正証書に基く債務及び右債務に伴う根抵当権は次の理由により存在しない。すなわち、前記消費貸借においては金銭の授受がなされなかつたから、右消費貸借に基く債務は存在しないのである。訴外林が、訴外徳住の紹介により被告銀行浅草支店から金三十五万円を借り受けるに際し、原告は林に対し、原告所有の本件家屋を物上担保に提供する旨を約したが、借主は林であつて原告及び徳住は債務者ではない。ところが昭和二十八年七月二十四日、本件家屋に林を債務者とし、債権極度額を四十万円とする根抵当権設定登記が完了し、被告銀行において借主林に金員を交付することになつたとき、被告銀行は徳住の依頼により、林に金員を交付せず金三十万円を徳住名義の定期預金となし、金五万円を費用、利息に充て、その後徳住は右定期預金を現金化の上被告より受取つてしまつたため、結局林は全然金員の交付を受けなかつた。前記公正証書は、被告銀行が徳住に金員を交付した事実を合法化するために、原告が被告銀行に預けて置いた委任状及び印鑑証明書を濫用し、昭和二十八年九月十六日に至つて作成したもので、右証書によれば、昭和二十八年七月二十七日金三十五万円を貸渡した旨の記載があり、林、徳住、原告が連帯債務者となつているが、何れも事実に合致しないものである。よつて原告は被告に対し、前記公正証書に基く金銭消費貸借上の債務と根抵当権の存在を前提とする本件家屋に対する不動産競売手続の不許及び前記根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めると主張した。

被告株式会社日本相互銀行は、抗弁として、被告は昭和二十八年七月二十七日、訴外林森之助に対し金三十五万円を貸与し、林は同日右金員を領収したが、その際原告及び訴外徳住光訓は、林と連帯して右貸付金の返済義務を保証した。しかして右貸付当日、林及び徳住は被告に対し、前記貸付金のうち三十万円を改めて徳住の定期預金として預け入れる旨申し出たので、被告は右申出に従つた。ところが徳住は被告に対し昭和二十八年八月三日、右定期預金を担保として、三十万円の貸与方を申し出たので、被告はこれを承諾し、同日金三十万円を、六十日後に支払うことの約で貸与したが、支払期日に至つても徳住が弁済をしないので、結局被告はこの貸付金債権と右定期預金返還債務とを相殺した。また、本件公正証書は、前記昭和二十八年七月二十七日貸付債務の履行を確保するため、原告、林及び徳住が右事実を承認した上公正証書作成の必要書類を被告に交付し、その作成の代理権を被告銀行行員松本に委任して作成させたものである。従つて、本件不動産競売手続は適法であり、且つ本件根抵当権設定登記も有効であるから、原告の請求は失当であると抗争した。

理由

証拠を綜合すると、昭和二十八年七月二十四日、債務者林森之助、連帯保証人兼担保提供者原告、連帯保証人徳住光訓と被告会社との間に、債務者林森之助が債権者被告銀行に対し手形貸付その他の方法により元本四十万円を極度額として負担する現在及び将来の債務を担保するため原告はその所有にかかる本件不動産に対し第一順位の根抵当権を設定する旨の根抵当権設定契約が成立し、同日その登記を了し、右契約に基き同年同月二十七日被告より林に対し手形貸付の方法により金三十五万円を貸与することとなり、日歩三銭二厘の割合による九十日分の利息金一万八千円、公正料、印紙代、火災保険料、登記料等合計五万円を差引き金三十万円を交付することとなつたが、その際林及び徳住より被告に対し右貸借は林の徳住に対する金三十万円の債務を被告に対する債務に肩代りするためになされたものである事情を述べ、金三十万円はそのまま徳住名義の定期預金として、被告銀行に預け入れる旨申し出た結果、被告は同額の徳住名義の定期預金証書を発行し、これを徳住に交付した事実が認められる。

右認定の事実によると、金三十万円については、本来は消費貸借のため被告より林に、弁済のため林より徳住に、預金のため徳住より被告に、それぞれなすべき金銭の授受を、当事者間の合意により省略した上、被告より徳住に定期預金証書を交付したものであつて、その結果林の徳住に対する前記債務は消滅し、林は金銭の授受があつたと同一の経済上の利益を得たのであり、更に前記五万円のうち前記利息を除くその他の部分については、その同額について現金の授受があつたと同視し得る経済上の利益が与えられたものと認められる。ただ、前記利息を天引した部分については旧利息制限法所定年一割の割合を超過する部分に関する限り金銭の授受があつたと同視し得ない。従つて金三十五万円から前記天引利息一万八千円を差引いた金三十三万九千九百二十円が、元金より年一割の利率による九十日間の利息を差引いた金額となるような元金額を計算すると、金三十四万八千五百十三円となること計算上明らかであるから、右の限度において本件消費貸借は有効に成立したものというべきである。従つて本件公正証書の金三十五万円を貸渡した旨の記載が全然事実に合致しないという原告の主張は当らない。

してみると、本件根抵当権に基く任意競売の不許と前記根抵当権設定登記の抹消とを求める原告の請求は理由がないとして、これを棄却した。

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